いつものように

いつものように団地の前からバスに乗り、いつも利用している阪急の駅にたどり着く。
周囲の人たちの足音を聴きながら、白杖を使い点字ブロックを探し、それにそって足を進める。
改札をぬけて、さらに足を進める。
いつものホームへと降りる階段を降りてほっと一息ついていたところ、「背中にしょっておられる物はヴァイオリンですか?」と暖かな声の女性から声をかけられた。
三線のケースはヴァイオリンのケースと、とてもよく似ているらしい。そのため、よくこのように声をかけられることが多い。
「実はヴァイオリンではなくて沖縄の三線という楽器なんです」と答えるところから、いつも会話が始まる。
その方はヴァイオリンをされているそうで、同じように楽器ケースを背中にしょっておられるとのことだった。
音楽が好きで幼いころからヴァイオリンを習われてきて70歳を過ぎた今も続けておられるとのこと。
「すてきですねぇ」とお話をさらに聴いて行くと、35年間ヨーロッパで活躍されて、それから日本に帰ってきてからは長岡京室内アンサンブルを設立されたとか。
そして、日本で初めて点字楽譜を作られた方ともお知り合いとのこと。
おぉ、なんだかすごい方にお声をかけて頂いた。
長岡京は僕の実家があって今もよく行きますとお話しすると、長岡京記念文化会館のホールを拠点に活動しているので、よろしければ遊びにきてくださいと近々予定されているコンサートのフライヤーを下さった。
スケジュールが空いていればぜひ行かせて頂きますとお伝えしてその方とお別れした。
お名前は森悠子さんとおっしゃる方だった。
帰宅してから頂いたフライヤーを嫁さんに診てもらうと、書かれているプロフィーるや経歴に驚いた。
まさに世界的なバイオリニストで、フランス政府から芸術文化勲章も頂いておられるような方だった。
白杖を突いて町を歩いているといろいろな方がお声がけ下さる。そんなみなさんのあたたかなお声がけによって僕らは安心して安全に町を歩くことができる。そして、色々な人とつながることができるのだ。
視力を失ったことで、できなくなったことや不便なことは確かに多いが、けしてマイナスのことばかりではない。
たくさんの人のあたたかなこころにふれられるようになったこと。たくさんのひとたちにありがとう!の言葉を届けられるようになったこと。そして、このようにいろいろな人たちとの出会いがたくさん得られるようになったことは、見えなくなったことでも、とても良かったと思えるところだ。

長岡京室内アンサンブルについて
書き、公式ホームページより抜粋。
『地域ごとに独自の音色を持つオーケストラがあるヨーロッパのように、長岡京独自の音色、思想を持った演奏団体を育てたい』という理念の下、1970年代より欧米を中心に教育・演奏両面で国際的に活躍してきたヴァイオリニスト 森悠子を音楽監督として、国内外の各地から優秀な若手演奏家が集まり、1997年3月結成された。指揮に頼らず互いの音を聴く「耳」を究極にとぎすませた独自のスタイルを特長に、緻密で洗練された技術と凝集力の高さ、独自の様式感覚をもった高度な表現法と音楽性の高さは、日本でも希有な存在と高く評価される。
http://www.musiccem.org/